日本語 ⁄ English
みんなの教材サイト
TOPページへ戻る
非言語コミュニケーション
●トピック: コミュニケーション   異文化理解 
●文の長さ: 1600字   ●文の種類: 説明文   ●レベル: ★★★☆
 大切な語彙
  • ()言語(げんご)
  • コミュニケーション
  • メッセージ
  • 言語(げんご)
  • 意味(いみ)
  • ()意識(いしき)
  • 誤解(ごかい)
  • ()文化(ぶんか)
 本文      本文    本文(ふりがなつき) ふりがなつき    音声(高音質) 高音質   音声(低音質) 低音質
 我々(われわれ)人間(にんげん)は、(つね)他者(たしゃ)とのコミュニケーションを()とうとする「社会的(しゃかいてき)動物(どうぶつ)」であると()われている。では、他者(たしゃ)()らせたいさまざまな事柄(ことがら)、つまりメッセージを(つた)える(さい)、どんな手段(しゅだん)(もち)いられているだろうか。(おお)くの(ひと)は、言語(げんご)第一(だいいち)にあげるだろう。(たし)かに、メッセージを明瞭(めいりょう)(あらわ)し、円滑(えんかつ)なコミュニケーションを成立(せいりつ)させるために、言語(げんご)(おお)きな役割(やくわり)()たしている
 しかし、コミュニケーションには、もう(ひと)つの重要(じゅうよう)手段(しゅだん)がある。それは(たと)えば身体(しんたい)(うご)き、(かお)表情(ひょうじょう)、また、距離(きょり)空間(くうかん)のとり(かた)などの言語(げんご)以外(いがい)表現(ひょうげん)方法(ほうほう)である。そして、このような手段(しゅだん)単独(たんどく)使(つか)われることもあれば、言語(げんご)(とも)使(つか)われて相互(そうご)補完的(ほかんてき)にあるいは補助的(ほじょてき)機能(きのう)することもある。(たと)えば、(えき)()(みち)()かれた(とき)我々(われわれ)方向(ほうこう)(ゆび)()しながら説明(せつめい)することがあるが、この場合(ばあい)(ゆび)()すという身体(しんたい)(うご)きは、(えき)への(みち)言語(げんご)による説明(せつめい)をさらにはっきりさせるために、機能(きのう)しているわけである。研究者(けんきゅうしゃ)によって数値(すうち)(こと)なるが、(じつ)は、対人(たいじん)コミュニケーションの75%から90%が「()言語(げんご)」によるものだと()われている。習慣的(しゅうかんてき)、あるいは()意識(いしき)使(つか)われているとはいえ、「()言語(げんご)」コミュニケーションが()たす役割(やくわり)はそれほど(おお)きいものなのである。
 それでは、異文化(いぶんか)(ぞく)する人達(ひとたち)がコミュニケーションを(おこな)場合(ばあい)言語(げんご)()言語(げんご)表現(ひょうげん)はどう(かか)わってくるのだろうか。言語(げんご)総合的(そうごうてき)体系(たいけい)()されているので、学校(がっこう)などで意識的(いしきてき)学習(がくしゅう)することが可能(かのう)である。したがって、これを使(つか)ったメッセージは、比較的(ひかくてき)自分(じぶん)でコントロールしやすく、()()にとっても解釈(かいしゃく)がしやすい。たとえ母語(ぼご)でなくても、語学力(ごがくりょく)によって程度(ていど)()があるとはいえ、学習(がくしゅう)することで理解(りかい)できるようになる。
 一方(いっぽう)()言語(げんご)表現(ひょうげん)は、前述(ぜんじゅつ)のようにコミュニケーションの(なか)頻繁(ひんぱん)(あらわ)れていながら、言語(げんご)のようには意識的(いしきてき)学習(がくしゅう)しにくい。したがって、(こと)なる(くに)文化(ぶんか)()言語(げんご)表現(ひょうげん)(せっ)した場合(ばあい)()れている自国(じこく)のものをよりどころにして解釈(かいしゃく)することになる。もちろん、すべてが文化(ぶんか)によって(こと)なるわけでもないし、全人類(ぜんじんるい)共通(きょうつう)したものもたくさんある。しかし、問題(もんだい)は、文化(ぶんか)によって、(おな)じことを(こと)なる方法(ほうほう)表現(ひょうげん)する場合(ばあい)や、()たような表現(ひょうげん)(こと)なる意味(いみ)()っている場合(ばあい)である。
 (たと)えば、日本人(にほんじん)()()になった(とき)、よくうなずく、つまり(くび)(たて)()ると()われている。これは(はな)()(たい)する賛同(さんどう)や、「(はなし)()いていますよ」というサインであったりするが、おおむね、肯定(こうてい)意味(いみ)()つ。ほかの(おお)くの(くに)でも、肯定(こうてい)(あらわ)(とき)には(くび)(たて)()るという方法(ほうほう)(もち)いているようだ。ところが、(おな)肯定(こうてい)表現(ひょうげん)でも、(くび)(よこ)()国民(こくみん)民族(みんぞく)もいるそうである。このように(おな)じメッセージを(つた)える(さい)にも、文化(ぶんか)によってその表現(ひょうげん)(まった)(こと)なることもある。一方(いっぽう)(ひと)つの表現(ひょうげん)方法(ほうほう)が、文化(ぶんか)によって(こと)なる意味(いみ)のメッセージとなる場合(ばあい)もある。(たと)えば、日本人(にほんじん)(ひと)にごちそうになる(とき)は、()された料理(りょうり)(のこ)すと失礼(しつれい)だと(かんが)える。だから、たとえ(すこ)しぐらい無理(むり)をしても、なるべく全部(ぜんぶ)()べるようにする。それが、ごちそうがおいしかったというメッセージなのである。しかし、中国(ちゅうごく)(おな)じことをすると料理(りょうり)がまだ()りないということになるそうだ。(さら)(から)にすると、また(つぎ)料理(りょうり)がテーブルに(はこ)ばれてくるというわけだ
 このように習慣的(しゅうかんてき)()意識(いしき)(おこな)われる動作(どうさ)は、外国人(がいこくじん)とのコミュニケーションに(すく)なからず影響(えいきょう)(およ)ぼし、ときには(おお)きな誤解(ごかい)()んでしまう。その(うえ)、お(たが)いの()言語(げんご)コミュニケーションの方法(ほうほう)(ちが)っていることに()づくのは大変(たいへん)(むずか)しい。言語(げんご)学習(がくしゅう)はもちろん大切(たいせつ)であるが、異文化(いぶんか)()言語(げんご)表現(ひょうげん)について(まな)姿勢(しせい)もぜひ()ちたいものである。そうすることで、外国人(がいこくじん)とのコミュニケーションがより多元的(たげんてき)にとらえられ、相互理解(そうごりかい)実現(じつげん)にもう一歩(いっぽ)(ちか)づくことができるだろう
 文法
際/際に/際は
も…ば…も
とともに
によって/により/によっては/による
わけだ/わけではない/わけでもない
とはいえ
にとって/にとっては/にとっての
ように/よう/ような(例示・比況)
ながら
に対して/に対し/に対しては/に対する
Vず(に)
について/につき/については/についての
ものだ/ものではない
 参考
さまざまな非言語(ひげんご)コミュニケーション
 非言語(ひげんご)には、自分(じぶん)(つた)えようと意識(いしき)していないにも(かかわ)らず、言語(げんご)(ともな)わない表情(ひょうじょう)行動(こうどう)といったものから相手(あいて)(なに)かのメッセージが(つた)わってしまうこともあります。(たと)えば、いつもは一緒(いっしょ)(かえ)(なか)()友人(ゆうじん)同士(どうし)が、(おな)方向(ほうこう)()かっているのに(はな)れて(ある)いているのを()て、「あの二人(ふたり)はけんかをしたかもしれない」と(おも)うことがあるかもしれません。または、(だれ)かがずっとあなたを()ているのに()がついた(とき)、あなたは「あの(ひと)、もしかしてわたしのこと・・・」のように(かん)じるかもしれません。このように言葉(ことば)では(なに)()っていなくてもメッセージが(つた)わっていることは普段(ふだん)生活(せいかつ)(なか)でたくさんあります
アイコンタクトでの誤解(ごかい)
 非言語(ひげんご)コミュニケーションの(ひと)つにアイコンタクトがあります。アイコンタクトは相手(あいて)()()行為(こうい)です。日本人(にほんじん)はあまりアイコンタクトをしないと()われています。これとは反対(はんたい)に、(ひと)(はなし)()くときは相手(あいて)()をしっかり()ることが大切(たいせつ)だという文化(ぶんか)もあります。日本人(にほんじん)先生(せんせい)注意(ちゅうい)をされた(とき)、ある外国人(がいこくじん)学生(がくせい)先生(せんせい)()をじっと()つめながら(はなし)()いていました。しかし、先生(せんせい)はそれを反抗的(はんこうてき)態度(たいど)誤解(ごかい)してますます(おこ)ってしまったという(れい)があります。この(とき)日本人(にほんじん)学生(がくせい)はみな(した)()いて(はなし)()いていました。このようにアイコンタクトをするかしないかで、誤解(ごかい)(しょう)じてしまうこともあります。
ジェスチャーの(ちが)
 アメリカ(じん)などは自分(じぶん)()(とき)親指(おやゆび)または()(むね)()し、日本人(にほんじん)は「わたし」と()って(ひと)()(ゆび)(はな)()すことがよくあります。このため、「わたし」という言葉(ことば)が、日本語(にほんご)で「(はな)」を意味(いみ)していると誤解(ごかい)されることもあります。また、友達(ともだち)などに「こちらに()て」と()(まね)きをする(とき)日本人(にほんじん)()のひら、つまり指先(ゆびさき)(した)にしますが、反対(はんたい)指先(ゆびさき)(うえ)()ける(ところ)もあります。日本(にほん)では()のひらを(うえ)()けるのは、(いぬ)など動物(どうぶつ)()ぶときに使(つか)います。(ひと)(まえ)(とお)(とき)に「ちょっと(まえ)失礼(しつれい)します」という意味(いみ)片手(かたて)をあげ2,3()()ることがあります。これは日本(にほん)独特(どくとく)のものだと()われています。
あいづち
 日本語(にほんご)での会話(かいわ)では、()()がうなずいたり、相手(あいて)(はなし)()わせて「はい」「うん」「それで」などと()うことがよくあります。これは「あいづち」と()われ重要(じゅうよう)役割(やくわり)()たしています。あいづちは「ちゃんとあなたの(はなし)()いていますよ」というサインで、(はなし)(うなが)したり会話(かいわ)をスムーズにする(はたら)きがあります。()()があいづちを()たないと(はな)()不安(ふあん)(かん)じます。また、あいづちがなかったり、(おお)すぎたり、あいづちのタイミングがずれてしまうと、「もう(はなし)()きたくない」というメッセージを(つた)えてしまうこともあります。これとは反対(はんたい)(はな)()(はな)()わるまで(だま)って()くのが礼儀(れいぎ)だと(かんが)える文化(ぶんか)もあります。
参考図書(さんこうとしょ)
鍋倉(なべくら)健悦(たけよし)日本人(にほんじん)異文化(いぶんか)コミュニケーション』北樹出版(ほくじゅしゅっぱん)、1990(ねん)
K.Sシタラム(御堂岡(みどおか)(きよし)(やく))『異文化(いぶんか)コミュニケーション-欧米(おうべい)中心(ちゅうしん)主義(しゅぎ)からの脱却(だっきゃく)東京創元社(とうきょうそうげんしゃ)、1985(ねん)
マジョリー・F・ヴァーガス(石丸(いしまる)(ただし)(やく))『非言語(ひげんご)コミュニケーション』新潮社(しんちょうしゃ)、1987(ねん)
八代(やしろ)京子(きょうこ)(まち)惠理子(えりこ)(ほか)異文化(いぶんか)トレーニング:ボーダレス社会(しゃかい)()きる』三修社(さんしゅうしゃ)、1998(ねん)
東山(ひがしやま)安子(やすこ)日本人(にほんじん)のコミュニケーション」、橋本(はしもと)満弘(みつひろ)石井(いしい)(さとし)(へん)『コミュニケーション基本(きほん)図書(としょ)(だい)2(かん) 日本人(にほんじん)のコミュニケーション』所収(しょしゅう)桐原書店(きりはらしょてん)、1993(ねん)
 添付ファイル

73010001.doc
語彙リスト1
(旧日本語能力試験級別)

73010002.doc
語彙リスト2
(50音順・提出順)

10reading.pdf
練習問題
(読解編)

10reading_kana.pdf
練習問題
(読解編:ふりがなつき)
役に立った! 26人が「役に立った!」をクリックしました。